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福岡地方裁判所田川支部 昭和55年(ワ)61号 判決

原告

柏木松太郎

被告

春本春行

ほか一名

主文

1  被告らは、原告に対し、各自金一九一万九三六六円及び内金一七一万九三六六円に対する昭和五三年一一月二六日から、内金二〇万円に対する昭和五五年六月二九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

4  この判決は1項につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し各自金三七六万五八六〇円及び内金三四六万五八六〇円に対し昭和五三年一一月二六日から内金三〇万円に対し昭和五五年六月二九日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件交通事故の発生

(1) 日時 昭和五三年一一月二六日午後五時一〇分頃

(2) 場所 田川郡赤村内田原

(3) 加害車両 北九州44ね1847

(4) 態様

被告春本春行は、前記日時に加害車両を運転して県道二〇四号線を赤村方面から香春方面へ進行中、前方安全確認義務を怠り慢然と進行した過失により自車前方の道路左端を自転車で進行していた原告に後から衝突せしめたもの。

2  被告らの責任

本件事故によつて生じた損害について被告春本春行は、加害車両を運転していたものであるから、不法行為者として、被告春本杉松は、本件加害車両の保有者であるから運行供与者の責任を各々負うものである。

3  受傷の部位程度

(1) 本件事故により、原告は脊髄症・左腓骨々折の傷害を受け次のとおり治療を受けた。

〈イ〉 入院 社会保険田川病院に昭和五三年一一月二六日から昭和五四年二月二〇日まで八七日間入院

〈ロ〉 通院 社会保険田川病院に昭和五四年二月二一日から同年八月三一日まで一九二日間内実日数一三〇日

(2) 後遺症 一二級

4  損害

(1) 治療費 金四三万四〇九七円

社会保険田川病院の自己負担分

(2) 附添看護料 金一六万九三四八円

昭和五三年一一月二七日から同年一二月六日までの間一〇日に家族が附添つたため、一日当り二五〇〇円を乗じた金員二万五〇〇〇円と昭和五三年一二月七日から同年一二月二九日まで二二日間の職業的附添人の賃金一四万四三四八円との合計。

(3) 交通費 金五万九四〇〇円

田川郡赤村四郎丸バス停より社会保険田川病院まで往復五四〇円に通院実日数一一〇日を乗じた金員。

(4) 入通院雑費 金九万六二〇〇円

昭和五三年一一月二六日から昭和五四年二月二〇日までの間八七日に一日当り六〇〇円を乗じた金員と、昭和五四年二月二一日から同年八月三一日まで通院実日数一一〇日に一日あたり四〇〇円を乗じた金員の合計。

(5) 入通院慰藉料 金一三六万五〇〇〇円

入院三ケ月・通院六ケ月

(6) 休業損害 金一四八万七三〇〇円

事故当時原告は六四歳であり、年齢別平均給与額(平均は月額)は一六万〇五〇〇円であるから、

160,500÷30×278=1,487,300(円)

(7) 後遺症慰藉料 金一六〇万円

(8) 後遺症逸失利益 金一五四万一五一〇円

症状固定当時六五歳の平均月額は一五万六二〇〇円であり、平均余命一四・四〇年がありその二分の一の七年は稼働出来るとしてホフマン係数により計算すると、

156,200×12×5.8743×14/100=1,541,510(円)

(9) 弁護料 金三〇万円

(10) 損害填補 金三二八万六九九五円

本件事故により保険会社から填補された金額

5  右4(1)~(9)の合計金七〇五万二八五五円から(10)の三二八万六九九五円を差引いた金三七六万五八六〇円が本訴をもつて請求する金員であり、よつて原告は被告らに対し、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1につき(4)の態様は否認し、その余は認める。同2につき被告春行が本件車両を運転していたこと及び被告杉松が同車両の保有者であることは認める。同3及び同4のうち(1)ないし(3)、(10)は認め、(4)ないし(9)及び同5は争う。

なお右4の(4)ないし(8)の損害については以下の金額の相当である。

(イ)  入院雑費 金五万二二〇〇円

(通院雑費については認められない。)

(ロ)  入通院慰藉料 金九二万八〇〇〇円

入院八七日、通院一一〇日(総日数一九二日)

(ハ)  休業損害 金七七万一五〇八円

本件事故による原告の休業損害を算定するについて、基準となる原告の年収は、所得証明書及び耕作証明書より算定した金額を相当とする。

即ち、原告は農業専業従事者として年額金一四四万七〇七四円の所得を得るに関し、原告の配偶者及び原告の息子の配偶者が家族労働者として従事していることから右両名の右所得に対する労働寄与率は三〇%を下るものではなく、原告本人の寄与率は七〇%が相当である。また賠償期間を昭和五三年一一月二七日より昭和五四年八月三一日までとする。

以上から、原告の休業損害を次の通り算定する。

1,447,074円÷365日×278日×70%=771,508円

(ニ)  後遺症慰藉料 金一〇四万円

後遺症一二級一二号相当分

(ホ)  後遺症逸失利益 金三八万七二九一円

後遺症逸失利益を算定するについても、(ハ)記載の所得を援用し、喪失率を後遺症一二級一二号に該当する一四%、喪失期間は三年間を相当とし、次の通り算定する。

1,447,074円×70%×14%×2.7310=387,291円

三  被告らの主張

1  本件事故は、原告の一方的過失によつて発生したものである。

即ち、本件事故は原告が一五度以上の下り急勾配の脇道より被告春行走行中の幹線道路に、下り坂で勢いのついたまま、幹線道路前での一旦停止を怠りかつ左右確認をせず不意に飛び出してきたため、被告春行が原告を視認して即座に急制動したにも拘らず原告が被告車両に衝突して生じたものである。

仮にそうでないとしても、原告は右のとおり左右の安全を確認することなく本件道路に進入したものであり、本件事故は原告及び被告春行の五分五分の過失によつて発生したものと考えるのが相当である。

2  本件事故により原告に対し保険会社及び被告らから支払い済みの金員は、前記(請求原因4の(10))原告の自認する金額を含み金三三二万九七九五円である。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件交通事故の発生(請求原因1)についてその態様を除き当事者間に争いがない。

そこで本件交通事故の態様について検討するに、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の一、二、原告本人尋問の結果(第一回)、被告春本春行本人尋問の結果及び検証の結果を総合すると次の各事実が認められる。

1  本件事故現場付近道路は幅員約五メートル弱(舗装部分約四・六メートル)の歩車道の区別のない道路で、現場付近はほぼ直線となつているが、事故現場手前約一二九メートルで油須原方面に向い南方にカーブしているところ、付近は全て農地であつて、右カーブ付近から被告春本春行運転の車両(以下単に被告車両という。)の進行方向に従い右側は道路面より約一・六メートル位高くなつており道路との間は土手になつていること。

2  原告は本件道路に通じる農道から出てきたものであるが、右農道は幅員約二・三メートル位の非舗装道路で約六パーセント勾配ののぼり坂になつており、被告車両の進行方向からは右農道は道路との接点以外は見えない状態で、農道からおりてくる人車等はその頭部分がわずかに見える程度であつてもとより農道上からも、本件道路右方は道路端まで出ないとほとんど見通すことができないこと。

3  被告春行は被告車両を運転して油須原方面から中津原方面に向け、中央線から約二〇センチメートル付近を時速約四五キロメートルで進行してきたこと(速度について、同被告は時速約四〇キロメートル位ないしはそれ以下である旨供述しているが、同時に制限速度を約五~六キロメートル位はオーバして走ることがある旨供述し、右供述は本件当時現場付近の交通量が閑散であつたこと、ならびに本件現場に残されたスキツドマークが約一三メートルある事実から逆算される速度とおおよそ一致するところから、少なめに考えても時速約四五キロメートル位であると認定するのが相当である。)

4  被告車は前面左側ヘツドライト付近部分で原告運転の自転車に対しほぼ真後ろから追突し、原告はこの衝撃により前方に突き出された格好になり、そのまま約一〇メートル位直進して、道路左端の測溝付近で転倒していること。

以上の諸事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、被告らは、原告が自転車に乗つたまま農道から本件道路上に飛び出して進入してきたため、被告春行においてよけきれずに衝突したもので、本件事故は原告の一方的過失に基づくものであり、仮にそうでないとしても原告の過失は同被告のそれに比し極めて大きいものである旨主張するところ、前記乙第一号証の一、二(以下実況見分調書又は見取図等という。)には、被告らの右主張により適合する記載がある。しかしながら、右農道は前認定のとおり相当の下り坂であるうえ、土手によつて右方の見通しがほとんどできない状態であるのであつて、これを自転車に乗つたままおりてくることは極めて危険であり通常は考え難いところというべきで、事故当時六四歳の高齢である原告が、特別の事情もなくかかる危険な態様で自転車に乗つて進行してきたものとはにわかに断じ難いうえ、前記検証の結果によると、原告が農道上から自転車に乗つたまま本件道路に進入して左折する場合、ブレーキをかけたままの非常にゆつくりしたスピードであつても、道路中央線付近から約四~五〇センチメートルの部分までいかないと左折できない事実が認められるのであつて、右実況見分調書見取図記載の原告の位置とは相当の違いがあるばかりか、右見取図においては衝突地点が農道の左端からわずか一メートルの付近で、しかも原告の自転車は左折し終つた状態で道路と併行に位置し、被告車と一直線の関係にあり真後ろから追突されたように記載されているが、原告の自転車が農道左端から約一メートル程度で左折し終え道路と併行状態になることが困難であることもまた前記検証の結果から考えて明らかであり、仮に被告ら主張の如く原告が農道から飛び出して来たとすると、原告の自転車は道路と斜め向きの位置にあつて、衝突と同時にその場に転倒するのが自然であつて、原告が追突された後ほぼ道路と併行に約一〇メートルも進行している事実を合理的に説明しえないものというべきである。衝突地点については右実況見分調書においては被告車のスリツプ痕の起点をもつて衝突地点としているのであるが、スリツプ痕の起点は被告春行が急制動した地点を示すのであつて、必ずしも衝突地点と一致するとは限らないし、もし仮にスリツプ痕の起点をもつて衝突地点とすると被告春行は追突の瞬間まで原告の自転車に全く気づかずに、即ち時速四五キロメートルの速度が何ら減速されることなくそのまま原告に追突したことになり、時速四五キロメートルの速度で相当の重量が予想される貨物自動車である被告車から直撃された原告の自転車が、そのまま約一〇メートル位も進行できるとは到底考え難いところであつて、むしろ、被告春行が原告に気づきあわてて急ブレーキをかけたが間に合わず、スリツプしてやや減速しながら進行した地点で追突し、これによつて原告は約一〇メートル位進行して転倒したものと考えるのが自然である。

原告は、本件事故について、農道から本件道路端まで自転車を押しておりて来た後、道路端でいつたんとまり、そこで自転車に乗つて進行し始めたところ、農道左端から約四メートルほど進んだ地点で被告車に追突された旨供述するところであるが右供述は、前記認定判断に照らして無理がなく、本件事故の態様を最も自然かつ合理的に説明しうるものというべきである。

結局以上の諸事情を総合して考えるに、本件事故は、原告において農道と本件道路が接する付近で自転車に乗り約四メートルほど進行したところ、油須原方面から中津原方面に向け約四五キロメートル毎時の速度で進行して来た被告車が、被告春行における何らかの原因に基づく前方不注視の過失により、原告の自転車に気づくのが遅れ、あわてて急ブレーキをかけたが間に合わず、原告に追突したものと認めるのが相当で、これに反する被告春行の供述はたやすく措信することができない。

そこで、さらに進んで原告に全く過失がなかつたか否かについて検討するに、原告は自転車に乗る際右方(被告車進行方向)を確認し、車両の存在を認めなかつた旨供述しているところであるが、前掲各証拠によると農道から油須原方面にカーブしている付近まで約一二九メートルあり、原告が自転車に乗つて衝突地点まで進行するのに要する時間は約七~八秒(自転車に乗る動作に要する時間を含む)である事実が認められるので、時速約四五キロメートルで進行して来ていた被告車は農道から手前約九〇メートルないし一〇〇メートルの地点に進行して来ているものと思われ、農道端から確認しうるはずであつて、原告の右供述はいささか疑問なしとせず、少なくとも右方の安全の確認が充分であつたとは言い難く、また、衝突地点が、道路の幅員との関係においてどの付近であるかについては前掲各証拠に照らしても容易に判断し難いものの、被告車の損傷状況(ヘツドライトの破損)及び同車の車幅より推測して、道路左端から中央線との間のやや中央寄りの部分と考えるのが相当で、原告において、被告車の進行に気づかなかつたため、できるだけ道路左端に寄つて進行していたものとは認め難いので、この点において、原告の若干の過失を否定できないものというべきである。

以上の点から、本件事故における原、被告の過失割合を考えるに原告の過失程度は二割であり、被告側のそれは八割と認めるのが相当である。

二  被告らの責任

被告春本杉松が被告車両の保有者であることは当事者間に争いがないので、前記のとおり被告春本春行は不法行為により、被告春本杉松は運行供用車としての責任を免れないものといわざるを得ない。

三  原告の損害について

1  請求原因3及び同4の(1)ないし(3)については当事者間に争いがない。

2(一)  入院中の諸雑費については入院期間八七日に一日当り六〇〇円を乗じた金五万二二〇〇円が相当であり、通院諸雑費については特に必要と認められる事情は窺えないので、原告の主張額中右の限度をもつて相当と判断する。

(二)  入通院慰藉料については、前記のとおり原告の入通院月数について当事者間に争いがないので、これをもつて考えるに金一二六万円が相当である。

(三)  後遺症慰藉料について、原告が後遺障害等級一二級一二号の認定を受けていることも前記のとおり当事者間に争いがなく、その慰藉料としては金一三〇万円が相当である。

(四)  休業損害について

原告本人尋問の結果(第二回)によると、原告は農業を営むかたわら、いわゆる日雇い労働者として月平均二〇日程度稼働して相当の労賃を得ていた事実が認められるところ、他方成立に争いのない乙第五号証によると原告は農業収入として年間金二五万一三七〇円の所得申告をしている事実も認められ、被告らは、右農業収入を基本として推計のうえ判断すべきものと主張するが、右農業収入は申告額が過少であつて実体に即しないことは被告ら自身も認めるところであつて、これを基礎として推計するとしても必ずしもより実収入に近いものとは言い難く、原告の如く、農業のみを専業とせず、他の稼働により雑収入を上げ、しかもその割合の方が全収入額に占める部分が大きい場合には右雑収額の特定を求めることが難きを強いる結果に至る恐れのあることも合わせ考慮して、結局、一般的に事故がなければ上げ得たであろう金額、即ち、一般的平均賃金をもつて基準とすべきものと考えるのが相当である。

以上により判断するに原告主張額が相当であり次のとおり金一四八万七三〇〇円となる。

160,500(平均月額)÷30(1日に換算)×278(稼働不能期間)=1,487,300

(五)  後遺症逸失利益についても前記と同様平均賃金額を基礎として算定すべきところ原告主張の各金員等をもつて相当とするが、労働能力低下の継続期間については原告の年齢等を考慮しても三年と考えるべきでこれをホフマン方式により算定すると次のとおり金七一万六六五八円となる。

156,200(症状固定当時の平均月額)×12×2.731(ホフマン係数)×14/100=716,658

(六)  原告が受領した損害填補額について、金三二八万六九九五円については当事者間に争いがないところ、成立に争いのない乙第四号証によると合計三三二万九七九五円が支払われている事実が認められる。

3  右の1及び2の(一)~(五)の金員を合計すると金五四七万九〇〇三円となり、これから支払済みの右2の(六)の金員を差し引くと金二一四万九二〇八円となるところ、これを前記一で認定した双方の過失割合に従つて過失相殺すると結局原告の損害額としては金一七一万九三六六円が相当というべきである。そして本件事故ならびにこれに基づく原告の右損害と相当因果関係に立つ弁護料としては金二〇万円が相当である。

四  以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は右認定の損害額及び内金一七一万九三六六円に対する事故当日の昭和五三年一一月二六日から、内金二〇万円に対し、訴状が送達されたことが明らかである昭和五五年六月二八日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるので、これを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 郷俊介)

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